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「われに自由を与えよ、しからずんば死を与えよ」とは、アメリカ独立戦争の志士、パトリック・ヘンリーの演説末尾の言葉ですが、これになぞらえて、
「われに民主主義を与えよ、しからずんば死を与えよ」というトピックが、昨日の6月4日、アメリカのサイトに立っていました。

天安門事件は今からちょうど30年前の6月4日に起きました。民主化を望む民衆と、それを認めぬ政権の粛清からくる、悲しい歴史です。当時の中国は、栄華を誇った時代に比べればその実力は鳴りを潜め、経済という意味においてとなると、世界的には現在ほどの存在感がありませんでした。しかし一党独裁制という形をとる政府は、その国内においては強力な力を保持し続け、そしてその政権の在り方については、世界に広く開いていくというスタンスではありませんでした。衛星放送はありましたが、当時の中国国内のことを詳細に知ることは、他の国に住む人々にとっては困難な時代でもあったのです。当時の映像を編集されたものがYouTubeに上げられ、その動画について外国人が意見を述べています。日本や当の中国以外の外国に住む人々は、現在になってどのようにこの事件を振り返るのでしょう。

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引用元:https://www.reddit.com/r/pics/comments/bwhjek/give_me_democracy_or_give_me_death_the_tiananmen/

この抗議は通常、相手が怪物ではないという前提のもとで成立する。
しかしそうではなかった。
それが抗議者たちの致命的な誤算だった。

2: 海外の真剣な匿名さん
残念なことに、政府を転覆させるには軍が必要だ。

3: 海外の真剣な匿名さん
1989年6月4日以前の大きな学生運動を知っていますか?
文化大革命で彼らは欲しいものを手に入れましたか?
次に何が起こりました?
その後幸せになれた?
権力闘争しか生まなかったのでは?

4: 海外の真剣な匿名さん
自分が小学生だった80年代後半から90年代前半に、クラスでサンフランシスコの美術館を見学したよ。
天安門事件が起きたのはその頃だね。
壁には血だら
けのTシャツが額に入れられ、目撃者が描いた絵の中には戦車を殺人ロボットとして描いたものもあった。
10歳くらいの少女だった過保護に育てられた私としては、経験した中で最も暴力的なことだった。
今でも鮮明に覚えている。30年...。わあ。

5: 海外の真剣な匿名さん
若者が強者に立ち向かおうとする素晴らしい時代だった。

6: 海外の真剣な匿名さん
だからこそ、現在の中国は安全保障と強制収容所の建設に多大な投資をしているんだ。
政府は常に反乱を恐れており、国内の治安予算は軍の予算を上回ってい
る。

7: 海外の真剣な匿名さん
その日以来、中国で大規模な抗議行動は起きていない。
自国の人々を残忍に虐殺することは、国に対する支配力を本当に強化するんだな。

8: 海外の真剣な匿名さん
不幸にも、彼らの政府は彼らに死を与えることを選んだ。

9: 海外の真剣な匿名さん
アメリカでさえ民主主義を得られなかった。我々が手に入れたのは共和制だけだった。

10: 海外の真剣な匿名さん
しかし共産主義者は今日に至るまで、同じような人権侵害を世界中で繰り返したいと思っている。