人類史は悲しいかな戦争の歴史でもあって、その中でも重要な役割を担っていたと思われる要塞の数々のご紹介。様々な形で、現代にも遺っているようです。

1: 真剣な匿名さん 20:39:58 ID:Pgu
ぼちぼち紹介していくよ

2: 真剣な匿名さん 20:41:43 ID:44p
お願いします

3: 真剣な匿名さん 20:42:24 ID:Pgu
アグラ城

インドにあるお城であり、ムガル帝国の皇帝アクバルからシャージャハーンまでの3代の居住。
レッド・フォート、ラールキラーなどの別名もあるがその名称は普通はデリーの方にある別の建物をさすことが多い。この2km程先にタージマハルがあり、シャージャハーンは息子のアウラングゼーブに幽閉されたあとこの城からタージマハルを眺めていたと言われている。

4: 真剣な匿名さん 20:42:54 ID:Pgu
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引用元:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1453030798/
https://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1465994047/

0000: 厳選人気記事 ID:serious.blog.jp
群馬のなんちゃら城ならいった

7: 真剣な匿名さん 20:45:07 ID:o5m
あそこは結構広い

8: 真剣な匿名さん 20:45:36 ID:bZA
期待

9: 真剣な匿名さん 20:45:37 ID:Pgu
デルモンテ城

イタリアにある神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世によって建造された城。
この城は軍事的な意味でつくられたわけではなく別荘の様なものとしてつくられている。
イスラーム様式とヨーロッパの混合であり、美しい八角形を象徴的に取り入れている。このお城はデザイン的には1番好きなので、砦関係無いけど入れてしまいました。
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10: 真剣な匿名さん 20:49:59 ID:Pgu
ブールタング要塞

世界的にも多い星型の要塞の代表として選んでみた。
日本の五稜郭など星型にする利点としては大砲をより効果的に使うためとされている。この要塞はオランダにあり八十年戦争中に建設されている。
ちなみに星型の要塞のことを正式に稜堡式城郭、ヴォーバン様式などというらしい。
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12: 真剣な匿名さん 20:51:40 ID:44p
五稜郭もヴォーバン様式だね

13: 真剣な匿名さん 20:52:03 ID:44p
すでに言われてたw ごめん

11: 真剣な匿名さん 20:51:31 ID:Pgu
ケルフィリー城

ウェールズにある要塞。
13世紀につくられた要塞のほとんどがエドワード1世によるものだが、これはギルバート・ド・クレアにより建設された。周りは水濠によって囲まれ、堅固さをほこっている。
幾度か要塞として使用された後ほ刑務所として使用されたこともある。
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14: 真剣な匿名さん 20:52:38 ID:Pgu
ネトリンゲン

ドイツにある都市。周りを壁で囲まれ、城郭都市のお手本の様なところである。
隕石のクレーターに当たるところに建設され三十年戦争の時には実際に包囲され、そこに入った皇帝軍に同盟軍は敗退している。
個人的にはヴァレンシュタインとグスタフアドルフの死後の戦いなのであまり好きではありません。
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29: 真剣な匿名さん 21:07:01 ID:rs0
>>14
これ、すごいよね!

16: 真剣な匿名さん 20:54:17 ID:Pgu
メヘラーンガル城砦

インドの北にある城砦。砦であると同時に宮殿でもあり、敵襲の度に増強されインド最大級の大きさをほこっている。
また、マラーターの反乱の時にも攻められているが持ちこたえていて、今まで1度も陥落したことないがないといわれている。
下に広がっているブルーシティーも見どころの一つであり上からも下からも楽しめるようになっている。
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17: 真剣な匿名さん 20:55:15 ID:Pgu
ロハガード砦

ムンバイの近くにある砦で、モンスーンの時期には画像のように緑に囲まれて幻想的な風景が広がる。
難攻不落をほこっており、その理由として壁が泥で覆われており、その泥が砲撃の威力を吸収してしまうからというものがある。
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18: 真剣な匿名さん 20:56:08 ID:aCn
友が島は?

20: 真剣な匿名さん 20:57:14 ID:Pgu
>>18
友ヶ島はいれてないっす

19: 真剣な匿名さん 20:56:16 ID:Pgu
プレジャマ城

スロベニアにある城。洞窟と合体しており城の中から洞窟に入り、別の所に抜けることが出来る。
昔、エラスムスという大強盗がこの城に籠城し、中の洞窟をぬけて兵糧を集め6ヶ月耐え抜いたらしい。ちなみにエラスムスは使用人の裏切りにより殺されている
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22: 真剣な匿名さん 20:58:29 ID:25D
>>19
スロベニアってこんな素敵なところがあったんだね。行ったけど全然知らんかったよw

24: 真剣な匿名さん 21:00:17 ID:Pgu
>>22
プレジャマ城は建てた人もあんまり評判のいい人では無かったそうです

21: 真剣な匿名さん 20:58:10 ID:Pgu
アテネのアクロポリス

アクロポリスとは「高い都市」という意味で神殿を城砦で囲っている構造になっている。
普段は公共施設や神殿として使われているが、非常時には要塞として使用された。
なかでも有名なのがアテネのものであり、パルテノン神殿などいくつかの建造物で構成されている。
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23: 真剣な匿名さん 20:59:26 ID:Pgu
グリプスホルム城

スウェーデンのメーラレン湖に面して建てられている。14世紀にボーヨンソンにより要塞として建てられたが、16世紀にグスタフ1世がいったん取り壊し建て替えた。
中世の要塞として残っている部分は城壁のあるファサード(建物の正面)だけである。また、監獄として使用されたこともある。
ちなみに中世とは一般的に4世紀末から15世紀中盤までのことを指す。
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25: 真剣な匿名さん 21:01:32 ID:Pgu
スオメンリンナ要塞

フィンランドのヘルシンキの沖合に浮かぶ6つの無人島に18世紀に築かれた要塞。
元はスウェーデン領だったが、ロシア軍に攻略され、そののちフィンランド領として返還された。
名前は「スビアボリ(スウェーデン語で要塞)」からロシア軍に占領され「ビアポリ(フィンランド語で要塞)」に変わり、さらに返還された時に「スオメンリンナ(フィンランド語でフィンランドの要塞)」に変わった。
またスオメンリンナを武装解除として訳している場合があるがそれは誤訳らしい(正直正確にはわかりません)。
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26: 真剣な匿名さん 21:04:31 ID:Pgu
カルカソンヌ

フランスにある城郭都市。
要塞としての歴史は前1世紀からはじまっており、西ゴート王国など数々の国の支配下におかれ、アルビジョア十字軍の戦いの舞台にもなった。ビオレ=ル=デュクの修復により、廃墟となるのを免れた。
名前の由来にはカール大帝がこの地の攻略を諦めた時に、当時街を治めていたカルカスが勝利の鐘をならした(sonner)ことに由来するという伝説がある。

43: 真剣な匿名さん 22:38:31 ID:Pgu
>>26
カルカソンヌの画像貼れてなかったんでもう一度貼ります。この街進撃の巨人のモデルになったそうです。

44: 真剣な匿名さん 22:39:13 ID:Pgu
>>26
no title



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27: 真剣な匿名さん 21:05:43 ID:Pgu
クラク・デ・シュバリエ

シニアにある城塞。十字軍によって築かれ、現存する軍事建造物で最も有名なものの1つと言える。
マムルーク朝の第4代スルタンのバイバルスによって攻略される約100年間使用されていた。
2000人を収容することができ、2重の城壁を持っている。名前は「騎士のクラック」を意味し、「クラック」とは「クルド人たちの城塞」という名称の「アクラード」からきていると考えられている。
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28: 真剣な匿名さん 21:06:38 ID:Pgu
サクサワマン遺跡

ペルーのクスコにあるインカ帝国の城塞。巨石を積み上げ540mの砦を3重に巡らせている。
3万人を動員して80年かけてつくられたといわれており1536年のマ●コ・インカ・ユパンキによるクスコ奪還戦ではインカ軍の拠点として使われた。
サクサワマンとはケチュア語で「満腹のハヤブサ」を意味している。
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30: 真剣な匿名さん 21:09:27 ID:Pgu
クレムリ

クレムリとはロシア語で要塞や城砦などを意味する言葉であり、モスクワのものが特に有名である。
クレムリ内部には攻城戦に備えた武器弾薬庫のほか、大聖堂、工房、宮殿、政庁舎など、貴族らによる支配の中心となる施設があった。また、修道院を要塞化してクレムリと呼ぶ場合もあった。
17世紀から18世紀にかけてつくられてそれ以降は要塞としての役割を失っていった。モスクワのクレムリはクレムリンとも呼ばれており、赤の広場と共に世界遺産に登録されている。


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31: 真剣な匿名さん 21:17:08 ID:bZA
このスレ出版社持ち込んだら売れそう

32: 真剣な匿名さん 21:21:44 ID:Pgu
姫路城

日本の城から1ついれたくて選んでみた。兵庫県姫路市にあるお城。
法隆寺と共に日本で最初の世界遺産であり、白漆喰総塗籠造りの鮮やかな白の城壁が由来で「白鷺城」の名でも知られている。
5層7階の大天守と東、西、乾の小天守が渡櫓で連結された連立式天守が特徴。現存している姫路城の大天守は、慶長14(1609)年に建築されたものであり、400年以上が経過した現在でもその美しい姿を残している。
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33: 真剣な匿名さん 21:22:33 ID:NXp
>>32
さすが姫路城

47: 真剣な匿名さん 22:44:25 ID:Pgu
>>32
姫路城はこの画像を貼りたかった
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34: 真剣な匿名さん 21:23:48 ID:Pgu
画像が重くて画質いいやつが送れなくて辛い

35: 真剣な匿名さん 21:24:46 ID:Pgu
アビラの市壁

アビラはスペインの都市であり、「城壁と聖人の町」の別称で知られている。
城壁は東西900m、南北450m全長2.5km、高さ平均12m、厚さ3mあり、88の塔と9つの門をもっている。
イスラム教徒からアビラを奪還した「勇猛王」の名で知られるカスティリア=レオン王アフォソンヌ6世により、ローマ時代のものを強化した。世界遺産に登録されている。
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36: 真剣な匿名さん 21:26:21 ID:Pgu
シャトー・ディフ

フランスのマルセイユ沖に位置するイフ島に造られた要塞。
16世紀にフランソワ1世の命令により建設された。シャトー・ディフの軍事的役割は防御ではなく抑止であり、カール5世がマルセイユを攻撃しようとしたが時に、シャトー・ディフを見て中止したといわれている。
アレクサンドル・デュマの小説の「モンテクリスト伯爵」のエドモンダンデスが収監された場所として文学的な知名度があがった。
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37: 真剣な匿名さん 21:27:21 ID:Pgu
ベログラトチク要塞

ブルガリアにある城砦。周りを奇岩で囲まれており自然の要塞を利用して建設されている。
この要塞の歴史はローマ帝国の時代から始まる。ローマ帝国時代は要塞と言うよりかは偵察用の拠点のようなものであったその後オスマン帝国などの支配の中で要塞として増設されていく。
個人的にはモンハンの2Gの塔に似てるなって思う。
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38: 真剣な匿名さん 21:28:17 ID:Pgu
モン・サン・ミシェル

フランス西岸部の島に建てられた修道院。
修道院としてのイメージが強いモンサンミシェルだが、百年戦争時には英仏間の要衝として要塞として使われてた歴史がある。その時は難攻不落をほこり、陥落することなく終わった。今でもイギリス軍の大砲などがおかれている。
ちなみにモンサンミシェルは「 大天使ミカエルの聖なる山」という意味である。
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40: 真剣な匿名さん 21:30:27 ID:Pgu
バレッタ

バレッタはマルタ共和国の首都。マルタ島は地中海のほぼど真ん中に位置し、聖ヨハネ騎士団によって建設されました。街自体が要塞の要塞都市であり今でも砲台がいくつも残されています。
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3: 真剣な匿名さん 21:35:27 ID:L42
平遥古城

中国山西省中部にある城郭都市。
中国で城というと普通この城のように城郭都市を指す。この城は明代に築かれており比較的保存状態が良く、歴史も古い(中国は戦乱が多いのでなかなか綺麗な状態で残りにくい)。
キングダム読んでる人はよくでてくる都を想像すると全体像が掴みやすいと思う。
中には鎮国寺、双林寺、孔子廟などがある。ちなみに孔子廟はここだけじゃなくて世界中にあるようなものなので(個人的には)珍しくは無いと思う。
世界遺産に登録
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4: 真剣な匿名さん 21:36:45 ID:L42
ラホール城塞

パキスタンにある城塞。
ムガル帝国の皇帝アクバルによって建てられたのを基礎としている。
第3代アクバルの建てたマスティー門
第4代ジャハーンギールによるディワーニ・アーム(謁見場)
第5代シャー・ジャハーンのモーティ・マスジド(真珠のモスク)、シーシャ・マハル(鏡の宮殿)
第6代アウラングゼーブのバードシャーヒー・マスジド(王のモスク)などムガル帝国の宮廷建築の移り変わりを知ることが出来る。
世界遺産に登録。
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8: 真剣な匿名さん 21:39:56 ID:L42
マサダ遺跡

イスラエルの死海南岸の丘陵を利用した天然の城塞遺跡。
ハスモン家によって築かれ、前35年にヘロデ王により改築された。その後ローマ軍の駐屯地にも使われたが第一次ユダヤ戦争では熱心党がたてこもり、イェルサレム陥落後もローマ軍に抵抗した。
世界遺産に登録。
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9: 真剣な匿名さん 21:40:07 ID:49T
パキかぁ~、行きにくいな

さっさとあそこらへん平和になれよ

11: 真剣な匿名さん 21:41:21 ID:L42
サンタンジェロ城

ローマのテーベ川付近にある城塞。
日本語訳すると「聖天使城」になる。
ローマ帝国の皇帝ハドリアヌスが自らの霊廟として建設したのがはじまりであり、その後軍事施設として利用されるようになり403年にはアウレニアヌスの城壁の一部に組み込まれた。
その後も歴代のローマ教皇により要塞として強化され続け、牢屋や避難所としても使用されるようになった。
バチカンのサンピエトロ大聖堂と秘密の通路で繋がっているという話がある。
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13: 真剣な匿名さん 21:43:37 ID:L42
スピシュスキー城

スロバキア東部にある城塞。12世紀に城の建造が始まったが、地盤が悪く崩壊してしまい、13世紀に再建された。
当初ロマネスク様式の建物であったのが、ゴシック様式になり、さらにルネサンス様式やバロック様式など様々な建物が増築されていった。
その後、18世紀に焼失した後は荒廃の一途をだとった。
1993年に世界遺産登録。
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14: 真剣な匿名さん 21:44:43 ID:L42
ロータス城塞

パキスタン北部のロータスにある城塞。
ムガル帝国第2代皇帝フマーユーンを破った、シェール・シャーによって築かれた。
川の沿岸に建てられ、周囲を5kmに及ぶ分厚い城壁に固められている。
場内はインナーフォートとアウターフォートに分けられており、東門とバティアラ門が設けられている。初期イスラムの軍事施設として非常に貴重な遺跡である。
1997年に世界遺産に登録。
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15: 真剣な匿名さん 21:46:18 ID:L42
バフラ城

オマーン北部の山の麓にある城塞。
7世紀ごろから海からのペルシア人、砂漠からのベドウィン族に対して建設され始め、16世紀に現在の形になった。
全長12kmに及ぶ城壁に囲まれており、要所には監視塔が置かれており、高さ約50mを誇る。
1987年に世界遺産に登録されているが、城壁がヤシの繊維を混ぜた日干しレンガでできているため崩壊の危機に面しており、19788年に「危機にさらされている世界遺産」に登録された。
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16: 真剣な匿名さん 21:47:46 ID:sJQ
セバストポリやイスタンブール
一乗谷、春日山、小田原

胸が高鳴る

17: 真剣な匿名さん 21:47:59 ID:L42
コンウィ城・カーナーボン城

どちらもウェールズ地方にある城塞。
エドワード1世のウェールズ征服時にジェームズ・セント・ジョージによって造られた。
コンウィ城は8つの塔を環状に設置しており、中世イギリスの典型的な城塞建築と言える。
カーナーボン城は縦端太勾配の連続垂直壁や、扶壁・塁壁を独立して防衛するための階ごとの連絡方式などのなかでも特に洗練されたものが見受けられる。
どちらも「グウィネズ地方のエドワード1世ゆかりの城塞郡」として世界遺産に登録されている。
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18: 真剣な匿名さん 21:49:28 ID:L42
ダノター城

イギリスにある古城。クロムウェルの内戦の時にスコットランド王党軍の最後の拠点として落城したとゆう歴史を持っている。
また、その後虐殺(150人くらい)があったなどの血なまぐさい歴史をもっている。
さらに、映画「ハムレット」の舞台として使われたことがある。
写真(月と一緒の)はwindows7?8?のデスクトップの画像です。


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19: 真剣な匿名さん 21:50:29 ID:L42
アイリーンドナン城

スコットランドのお城。13世紀にスコットランド王がデーン人に対しての拠点として建設。
イギリス(てゆうかヨーロッパ)には宮殿に近い実用性をあまり気にしていない城が多いがこの城はなかなかに実戦向けの城です。
18世紀のジャコバイトの乱で大きく破壊され19世紀にジョンマクレーによって再建されました。その際に実用性から見た目にウエートを置いたデザインとなりました。


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20: 真剣な匿名さん 21:51:45 ID:L42
マルボルク城(マリーエンブルク城)

ポーランドにある城。
ポーランド語でマルボルク、ドイツ語でマリーエンブルク。一般的に「ドイツ騎士団の城」として知もられている。12世紀から13世紀にかけて建設され、ドイツ騎士団の防衛の要として活躍した。
その後、第二次世界大戦ではドイツ国防軍とソ連赤軍との激しい攻防の結果ほとんどが破壊されてしまったが、戦後地元のポーランド人によって修復され、現在でも修復が続けられている。
世界遺産に登録されている。
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22: 真剣な匿名さん 21:52:41 ID:3f3
>>20
赤い(小並感)

23: 真剣な匿名さん 21:53:06 ID:L42
ホーエンザルツブルク

オーストリアにある城。11世紀、聖職叙任権闘争の時期に教皇派が皇帝派によるカノッサの屈辱の報復を恐れて建設したもの。
15世紀後半にさまざまな施設が建設され、防壁が強化された。
19世紀にはハプスブルク家の支配下に入り、2012年「世界の名城25選」に選ばれた。
「ザルツブルク市街の歴史地区」として世界遺産に登録。
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24: 真剣な匿名さん 21:54:46 ID:L42
ポタラ宮殿

チベットのラサ市北西の紅山に位置する宮殿。
名前の由来は観世音菩薩の住むと言われている普陀落(ぶだらく)からきている。
宮殿という名が付いてはいるが、世界でも最大規模である建物であり、国都の要の場所にあることから十分要塞としても扱うことができるであろう。
紅宮と白宮とにわけられており、それぞれ政治、王の居住と用途が分けられている。
世界遺産。
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28: 真剣な匿名さん 21:56:59 ID:WRp
>>24
なんか綺麗

25: 真剣な匿名さん 21:55:50 ID:L42
アイット・ベン・ハドゥ

モロッコ王国にある集落。クサルとは呼ばれるオアシス都市があり、アイットベンハドゥはその中でも特に美しいと言われている。
クサルは孤立した集落であるためさまざまな工夫がされている。
アイットベンハドゥには入口はひとつしかなく1階には窓はなく、外壁には銃眼が施されている。また、最上階には篭城用の食料庫がある。
さらに、映画のロケ地としても何度か使用されており、世界遺産に登録されている。
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26: 真剣な匿名さん 21:56:21 ID:L42
ブリムストーンヒル要塞国立公園

カリブ海に浮かぶ島にある要塞。西インド諸島の要塞で最大で38エーカー(東京ドーム3つとちょっとくらい)に及ぶ。
ブリムストーンヒルとは「硫黄の丘」をいみする。
イギリスとフランスとの間で領有をめぐる争いがあり、17世紀にから18世紀にかけて激しく争っていた。
19世紀のハリケーンで要塞は損害を受け、そのまま放棄されその後国立公園となり、世界遺産に登録された。

27: 真剣な匿名さん 21:56:57 ID:L42
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29: 真剣な匿名さん 21:58:01 ID:L42
コレヒドール要塞

フィリピン、マニラ湾に浮かぶコレヒドール島にある要塞。コレヒドール島は古くからマニラを守るための要衝として存在していた。
コレヒドールとはスペイン語で「厳重に検査する」という意味の言葉にに由来する。
アメリカ軍は第二次世界大戦時に大量のコンクリートを使用し、海上要塞としてコレヒドール島を要塞化した。
現在、島には武器や要塞設備、マリンタトンネルなど遺跡として残っている。
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30: 真剣な匿名さん 21:59:20 ID:L42
ターボル城郭

チェコの都市。フス戦争の際、神聖ローマ皇帝に反対する勢力の中でも特に急進派が建設した。
軍事目的で作られたため道がいりくんでおり、複雑な路地が多い。
もとは農民軍であったが急進派かつ大変訓練されており、「無敵」と評されるほどであった。
しかし、リパニの戦いに敗れ都市も皇帝の支配下に置かれてしまった。
チェコの音楽家であるベドルジハ・スメタナは、連作交響詩「わが祖国」の第5曲でターボルを扱っている。
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31: 真剣な匿名さん 22:00:09 ID:L42
ナイアガラ要塞

アメリカの要塞。イギリスとフランスのアメリカ植民地の攻防に使用された。
300年の歴史を有し、五大湖の航路を支配する戦略的要衝であった。
植民地時代には、18世紀にイギリスがフレンチ・インディアン戦争で支配下においた。
余談だがナイアガラ川がオンタリオ湖に入る地点にあるものなので、アメリカに行く旅行とゆうよりかは、カナダに行ってついで行く感覚がいいかもしれません。
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32: 真剣な匿名さん 22:01:10 ID:L42
ポーチェスター城

ポーチェスター城はポーツマス近くのポーチェスターという町にある城。
海辺の近くにたっており、海抜は1mもないほどの平地にある。イギリスの中世の城によくあるようにローマ時代の要塞が原型である。
百年戦争の時には要塞として活躍し、その後英蘭戦争の捕虜収容所となり、19世紀には牢獄となります。
キープにあたるとこは完全に残っており、見どころの一つです。
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33: 真剣な匿名さん 22:02:37 ID:L42
用意したぶんはこれで全部です

35: 真剣な匿名さん 22:03:11 ID:3f3
>>33

34: 真剣な匿名さん 22:03:10 ID:AbU
お疲れ!

1000: 厳選人気記事 ID:serious.blog.jp